不登校について

不登校について

子どもの不登校について、正しく理解し、適切なサポートをされるために

「学校に行きたくない」、「学校に行こうとすると頭やお腹が痛くなる」、「誰とも話したくない」・・・子どものこんな言葉を聞くと、どんな気持ちがされますか?きっと、戸惑いや不安を感じる保護者の方が多いのではないかと思います。

東林館高等学校に入学(転入・編入も含む)されるにあたって、最初は保護者の方にご相談で来校頂きます。子どもの不登校の様子について聞いてみると、「会話がない」「部屋から出てこない」「頭痛や腹痛の身体症状を訴える」などなどいろいろな状況をお話しされます。中には、「私のそばから離れないので戸惑ってしまう」と言われる方もおられます。勉強面も含め、子どもの不登校に関してほとんどの保護者の方が「この先どうなっていくのだろう」という不安な気持ちをお話しされます。と同時に、試行錯誤しながらご家庭で一生懸命に取り組まれている様子もよくよく伝わってきます。


思春期は変化の時期

一口に「不登校」といっても、子どもたちの置かれている状況や心のあり様は一人ひとり異なります。思春期はいろいろな変化が起こる時期と言われています。人間関係一つを取ってみても、心身ともに親離れが進んで行く中で、同性同年代との親友関係が本格化してくると同時に、社会に対しても現実的な見方ができるようになってきますし、グループでの体験もより複雑で柔軟性を求められるものになってきます。
周囲の変化に対して、自分自身も柔軟に適応できれば良いですが、うまくいかなかった場合子どもたちには今まで感じたことのない不安が沸き起こったとしても不思議ではありません。

保護者の方もご自身の歴史を振り返ったときに、例えば小学校高学年くらいの時期から、それまで絶対だった親の存在が段々と疎ましくなってきて、親の言葉に背いてみたり反抗的な態度を取ってみたり、その反面、同性同年代との仲間意識が強まっていき特定の友人との仲間体験がとても意味のあるものに感じられた思い出がきっとあるかと思います。
親以外にも先生の言葉に懐疑的になったり、先生を慕い頼りにすることに恥ずかしさや嫌悪感を感じたりすることもあったかもしれません。仲間との間で大人には内緒の秘密を共有したこともあるでしょう。大人の側から見るとそれまで従順で素直だった子どもが反抗的になったり自分と同等の立場で言葉を発したりする姿を受け入れがたく感じることもあると思いますが、子どもたちは来たるべき「親離れ」に向けて必要な発達課題を体験している真っただ中にいます。

前思春期から思春期の課題である自立に向けた「親離れ」には同性同年代との仲間体験が不可欠であり、子どもたちはその中で世の中を現実的に見ることができるようになってきますし、仲間の中で自分の役割を感じながら自分自身についても客観的にとらえていくことが可能になってきます。様々な人間関係を体験することで相手との付き合い方や、自他の不完全を受け入れていく力も自然と身についてきます。ただし、言動が「親離れ」を感じさせるものになってきても、心は常に揺れ動いています。親や先生に向って「向こうに行ってくれ」と言ったかと思ったら、急にべったりと近づいてきたりということもよく見られることです。「自立(自律)」と「依存」という相反する心の状態を行ったり来たりしながら子どもたちの心はゆっくりと成長していきます。

東林館に通う生徒の大半は「不登校」を経験しており、同性同年代との「仲間体験」に関してもあまり体験できていない場合が多く感じられます。少しずつエネルギーを回復しながら、生徒たちは学校で友達を作り、時間の許す限り話やゲームをしながら一緒に過ごしている姿を見ます。
勉強はもちろん大切なものですが、東林館では同様にこの人間関係を大切に考えています。
これまで様々な理由で体験し切れなかった人間関係を改めて経験しながら生徒たちの心は確実に成長していっていると実感しています。


さまざまな側面からの理解を

また、思春期は自尊心の傷つきに対しても非常に敏感な時期と言われています。人間関係の中で起こったことや、学業面でのこと、またクラブ活動などでうまくいかなかった時に、周囲の想像をはるかに超えて心が傷ついている可能性は十分にあります。またそこに一人ひとりが持っている特質や、歩んできた成育歴から育まれた価値観や理屈があり、それら色々な側面から子どもの「不登校」を理解しようとする姿勢が大切になってきます。

思春期の子どもと接するときに、「プライドを傷つけない」ということがとても大切に感じられます。思うようにできなかったこと、上手くいかなかったことに対して馬鹿にされたり、否定的な評価を与えられたとしたら子どもたちの心は想像以上に傷ついているものです。ゲーム一つを取ってみても、負けたことに対して「この世の終わり」のような感覚で自尊心の傷つきを体験している子どもも確かにいます。

思春期のテーマとして「アイデンティティ(自我同一性)」の模索と確立が挙げられます。自分はどんな人間なのかということを常に考える時期です。勉強、スポーツ、性格、コミュニケーション能力など、様々な側面で周囲と比較しながら自分の位置付けや在り方を把握することもあるでしょう。あらゆることで他者との優劣を実感しながら自尊心の傷つきに人知れず耐えている可能性もあります。そんな時に、第三者から馬鹿にされたり否定的な評価を受けたとすると、心が受けるダメージが計り知れないことは想像に難くないところだと思います。

関わる側としては、まずは信頼できる関係づくりが必要で、その上で常に支持的で肯定的な関りと働きかけを行うことが大切です。またうわべだけではない本当の意味で子どもに関心を持ち支持的な態度で接し続けることで、思春期の子どもたちも徐々に心を開く可能性が出てくると実感しています。


言葉にする力と、大人の眼差し

しんどさを感じている子どもが保護者や先生に対して、自分の置かれている環境やその中で今起こっていること、悩んでいること、感じていること、困っていることなどを具体的に自分の言葉で話すことができるケースはそれほど多くないのではないかと思います。一つには自分の情緒を自分の言葉で表現する力がまだ十分には育まれていないことが考えられますし、また自分がしんどさを語った時に、「親や先生はどんな眼差しで、どう聞いてくれるのだろう…」という不安を感じる子どもが多いのではないかと思います。

東林館に相談に来られる保護者の方がよく言われるのが「どうして不登校になったのか理由を話してくれないんです」ということです。でもこのことは決して不思議なことではないと感じています。いじめの被害にあったというような緊急性を伴う極端なケースもありますが、多くの場合子どもたちの「不登校」の背景には様々な理由が複雑に重なり合っているように思えるからです。
「不登校」の理由が学校の中だけとは限らないケースも多々あるように感じます。どうしても元気が出ない理由が、もしかすると家庭環境にある可能性もあります。ですので、子どもが不登校の状態になったときにはっきりとその理由が語られるケースの方が少ないのではないのかと思っています。

また、子どもが自分の言葉で語るためには、相手との関係性がとても大切になってきます。前述したように、常に支持的で肯定的な態度で接してもらいながら作られた関係性のもとで、初めて本音が語られてくるのではないかと実感しています。「不登校」というだけで、何か後ろめたさや疎外感を感じている子どももいます。決して今の状況を否定されずに受け止めてもらえる対象、自分の発する言葉を共感的にじっくりと聴いてくれる対象でなければ「不登校」について子どもが本音で語るというのは難しいことなのです。

また、語る言葉についても自分の情緒としっくりくる言葉を身に付けていない可能性も十分にあります。子どもが話す言葉に対して「こんな感じなのかなあ?」とこちらも想像をめぐらせながら返していくことも大切です。子どもたちは自分の言葉で語りながら、その気持ちが理解され共感されることで、安心感を感じて少しずつ元気を取り戻していくことが可能になります。また相手に語ることで自分の気持ちも少しずつ整理されていくものです。


共感的な態度と情緒的な反応

子どもが不安やしんどさ口にした時に、大人としては思わず助言したり、不安を軽減するような言葉がけをしがちになるのではないかと思います。
しかし多くの場合、子どもの立場からすると助言を求めているのではなく、まずは自分のしんどさにしっかりと耳を傾けてもらい、しっかりと共感してもらいたい気持ちの方が圧倒的に強いように感じます。「頭が痛い」「お腹が痛い」と訴えた時に、痛み止めを出してもらったから大丈夫というわけではなく、まずはその痛みに対してきちんと情緒的に反応してもらえて、その後「痛みの意味」についても読み取ってもらえたり、一緒に考えてくれることの方が大切になってくるということです。

東林館では生徒が相談してきたときにすぐに助言をすることはほとんどありません。まずはしっかりと聴くことを大切にしています。些細に感じられることであっても、まずは聴くことに専念します。どんな状況なのか、どんな気持ちがしているのかということを丹念に聞いていくことを意識します。と同時に、話をする生徒の情緒に合わせてタイミングを計りながら言葉を返していくことも大切にしています。不安を語る生徒に対してこちらもどんな感じの不安であるのかをできるだけ丁寧に聴いていきながら「こんな感じの不安を抱えているんだよね」と言った具合に情緒に合わせた言葉を返していきます。
ひとしきり話を聴いてから、「どうしていこうかね」という感じで生徒が自分で考え解決に向かって行動していくような言葉がけをすることが一般的です。前提には生徒自身に乗り越えていける力があるという思いがあります。

もし助言をするにしても、情緒に合わせて、また言葉のトーンやペースに合わせて話を聴いていき、相手の中に少しほっとした感じや気持ちにゆとりが出始めたタイミングで伝えていきます。 子どもが不登校になったときに、頭痛や腹痛の体調不良を訴えてくる場合が多くあります。特に登校時間が近づいてくると症状がきつくなってきます。
「今日は休んでいいんだよ」と言ってもらい、家でゆっくりできることが保障されると不思議と症状が和らいでいきます。

では頭痛や腹痛は何を意味しているのでしょうか。登校し、学校生活を送ることに対して過度のストレスを感じているときに身体症状として表れていると考えられます。ですので、何とか痛みを抑えてあげようとして薬を飲ませてあげてもなかなか症状は治まりづらいものです。子どもが訴える痛みに対して、まずはどんな痛みなのかをしっかり聴き、その辛さに共感してみることが必要です。否定されずに受け止めてもらって子どもに少し安心感が出てくれば、「痛みの意味」について一緒に考えてみることも大切な作業だと思います。

心と身体のつながりから出てくる痛みや症状を「心身症」と言いますが、子どもによっては自分の心と身体のつながりがまだ意識できていない場合があります。言葉にできない不安な気持ちが身体症状として表れてくることに気づいたり、不安な気持ちを言葉に出しても良いことに気づいたり、そして自分の言葉で語ることで安心感が出てきたり、気持ちが整理され症状が緩和されることを体験したりすることは、とても大切なことです。そういう体験を通しながら、ゆくゆくは「この痛みはこんな気持ちから出てくるサインなんだ」と自分で洞察し、さらに「この症状や不安な気持ちはこのくらいの時間でこんな感じで治まっていくだろう」と予測することができるようになると、心の中にも余裕が出てくると感じています。


見守りながら共に歩む姿勢

子どものしんどさを聞かされた時に、もしこちらも戸惑ったり不安になったとしたら、それはおそらく子どもが今感じている戸惑いや不安をそのまま投げ入れられて、自分も同じように感じているのであり、その気持ちは保護者の方として決して否定するものではないと思います。まずは子どもが今感じているいろいろな思いをしっかりと受け止めて保護者の方自身もその気持ちにひたりながら、一緒に考え、見守りながら歩んでいこうと心を決めていかれることが、きっと子どもにとっても一番勇気づけられる瞬間になるのだと思います。

「見守る」ということは、とてもエネルギーを必要とする作業です。子どもが不登校になったとき、いろいろな言葉がけや働きがけを行なって、何とか登校できるよう促す保護者の方が多いと思います。けれども、保護者の方の思い通りに登校できるようになるケースはごくまれだと思います。朝起きられなくなったり、部屋から出なくなったり、食事を拒んだり、いろいろな反応を示しながら子どもたちは「登校しない」という選択肢を選んでいくことが多いように思います。保護者の方も我が子の不登校を徐々に受け入れ始めて最終的には「見守る」しかないということに気づかれていきます。

私たちが「見守る」ということについて保護者の方にお話しさせて頂くときに、よく引用させてもらうのが乳幼児についてです。例えば、赤ちゃんが1歳前後になってハイハイやタッチ、更に歩行ができるようになった場面を想像して頂きます。こちらも赤ちゃんの成長がうれしいと同時に、「けがをしないように」とはらはらしながら見守っていると思います。
更に成長してお母さんの膝元から少し離れて家の中を探索しながら遊ぶようになっても、一人で遊んでいるからもう大丈夫ではなく、あくまでも眼差しを送りながら見守られていると思います。逆に、一人で遊んでいる乳幼児が振り向いたときにお母さんの眼差しが不在だと、不安で遊べなくなるという現象が起こり得ます。
さらに成長して公園デビューしたとしてもお母さんたちはお母さん仲間と談笑しながらも、子どもが「けがをしないか」「トラブルになっていないか」とその様子を見守っておられると思います。 見守るということは、常に「心のエネルギー」を使い続けている状態だと言えます。

思春期を迎えた子どもたちに対しても同様に「心のエネルギー」を使いながら見守る姿勢が大切です。思春期の子どもたちは「この人はどんな思いで自分を見ているのか」「本気で自分にかかわってくれるのか」ということについて大変鋭く見抜いてきます。表面的な言葉のやり取りではなく、子どもの言動の意味を理解しようとしたり、心のあり様を想像しながら真剣に向き合っていくことが大切です。


段階に合わせたサポートを

子どもが不安やしんどさを抱えて心のエネルギーを失いつつあるとき、また動けなくなるほど心が疲れ切ったとき、一番の支えとなるのは保護者の方の存在です。場合によっては、心身ともに子どものそばで援助してあげる必要があるかもしれません。実年齢は思春期であっても、心のあり様はその年齢をその時々に変化するものと言われます。不安が強いあまり、乳幼児期の心を再現する場面があるかもしれません。実年齢は尊重しながらも、「心の年齢」に合わせた言葉がけや援助が必要になってきます。

子どもたちの心は元気になってくると自然と外に向かっていくシステムになっているとも言われます。心のエネルギーが回復していく過程で少しずつ自律的に動いてみようという気持ちが出てくれば、その気持ちを尊重しながら見守る姿勢が必要になってきます。時間をかけながら少しずつ気持ちも安定し動けるようにもなってきたら、受け入れられる範囲で現実を示していく時期になります。とはいえ回復過程においても心は揺れ動き続けているものです。保護者の方も心のエネルギーを使いながら、できるだけ子どもの心の状態に合わせたサポートと言葉がけを続けていくことが大切になってきます。

子どもと関わるときに、実際の年齢は尊重しながらも、今の「心の年齢」を想像しながら関わることはとても意味のあることです。
例えば、人の心の土台作りは3歳くらいまでに行われると言われますが、3歳になるまでに赤ん坊は多くの発達課題を体験していきます。「安心感」や「安全感」、「一体感」などは赤ん坊が誕生して早期の発達課題ですが、思春期の子どもたちも改めて早期の発達課題を今一度再現しているかのような心の状態になることがよくあります。

東林館でも保護者の方から「最近子どもが体をひっつけてくるんです」「私の布団に入ってくるんです。大丈夫でしょうか?」という質問を聞くことがあります。状況を聞かせていただきながら、思春期の心の揺れ動きや実年齢と心の年齢について説明させて頂きます。分離の不安を感じている子どもとの関わりでは「ともにある体験」を大切にして頂きたいことをお話しします。そのためにはしっかりと子どもの感情の状態に波長を合わせて聞いてみることや、うれしい出来事、楽しい出来事に対して一緒に喜び合う姿勢が大切になります。

不登校の回復過程において、東林館では「癒し」「教育」「自分探し」と段階を分けて考えています。「癒し」の時期には安心感や安全感を味わいながらエネルギーを回復していき、「教育」の段階では学校生活がスムーズに送れるよう時には助言もしながら共に考えていき、学年が上がり卒業が近づくにつれて進路選択と合わせて一人の人としてこれからどのような人生を送っていこうかという「自分探し」のお手伝いをしていきます。もちろん、この3つの段階も行ったり来たりを繰り返しながら、生徒たちはゆっくりと成長していきます。


手を取り合い、子どもの確かな成長を

東林館では一人ひとりの生徒の心に沿ったサポートを行なうために、日頃からの研修をもとに様々な側面から見立てを行ない、まずは定期的な二者面談を中心に関わっています。時間をかけて信頼関係を築きながら、生徒が少しずつ自分の言葉で語ったり、動いていけるように一人ひとりのペースに合わせた支援を行ないます。また授業やサークル活動、講座、フリースペース、その他にも様々な行事などを用意しています。全ての場が「安心で安全」な環境であることを基本としており、ほっとできるような空間の中でゆっくりと自己表現してもらえたらと思っています。

また、保護者の方にとって、心のエネルギーを働かせ時間をかけながらお子様の成長を見守っていくことはとても大切であると同時に、大変なことであるとも感じています。東林館では保護者懇談や保護者学習会などで、気持ちを聴かせて頂きながら一緒にお子様の心の理解を深めていけるよう取り組んでいます。

ご家庭と学校が手を取り合い、子どもの「心」に寄りそいながら、ゆっくりと丁寧に関わり続け、そして確実な成長を見守っていきましょう。

東林館高校に通ってくる生徒の多くは不登校経験者です。そして、私たち東林館の職員が最も大切にするのが子どもたちの心を育てることです。不登校というつらい経験をしてきた生徒がもう一度学校という場で人間関係を通して人を信頼し、自分を信じる力を付けていきながら、そして同じような苦しい体験をしたときもこれまでの体験をいかして自分の足で歩んでいける人物に成長してもらいたいという思いがあります。そのために東林館高等学校とサポート校の職員は学校内外の研修会などで勉強を続けています。

また環境面で東林館が最も大事にしていることが「安心・安全」の場です。いじめの被害にあった生徒や、荒れた学校から入学した生徒たちにとってまずは学校という場が安心で安全であることは絶対条件です。また、その中で私たちはほっとできるような感覚を味わってもらえたらと思っています。
ですので、職員は生徒に無理のない程度にユーモアを入れながら話すことがよくあります。「あそぶ」こと「あそべる」ことが心の健康につながると言われますが、東林館では様々な場面でこの「あそび」を意識しながら職員が生徒と関わっています。会話の中でも声の抑揚なども含めて「あそび」の感覚を持ちながら関わることがよくあります。

また、不登校を経験した子どもたちが無理なく人間関係を体験してもらえるよう、サポート校では様々な場を準備しています。授業やサークル活動以外にもフリースペースの活用や、毎月の行事など希望に応じて自由に参加してもらっています。専門のカウンセラーによるカウンセリングを受けることも可能です。
そして、すべての学校生活の基本になるのが担任(もしくは担当スタッフ)との個別の時間です。担任といろいろな話をしながら自分に合ったスタイルの学校生活を考えていくようになります。

不登校を経験した生徒の中には傷つきが大きく学校では言葉が出ないという生徒もいます。それでも東林館では毎週個別の面談時間で担任がいろいろな話をします。生徒からの言葉は聞かれないにしても、こちらの言葉をどのように聞き、どのように感じているのか、できるだけ想像をめぐらせながら時間を一緒に過ごします。そのような一貫した関わりを継続していくうちに、今まで話さなかった生徒の口からふっと言葉が出ることもあります。 不登校を経験した生徒が人間信頼を回復し、自分探しをしていくまでの過程はそれぞれに異なりますし、必要とする時間も変わってきます。東林館高校を卒業した後も進学や社会参加に向けてもう少し体験を積みたいという思いから引き続きサポート校に通ってくる生徒もいます。

また、子どもたちの生活の中心は家庭であり、家庭の中で子どもと関わる中心は多くの場合が保護者の方です。子どもたちは自分の親がどんな心の状態なのか、そして自分をどのような眼差しで見つめているかということに対して非常に敏感です。その意味で保護者の方にはご家庭でできるだけ安定した気持ちで子どもと接していただけたらと思っています。生徒達には家庭でしっかりとエネルギーをためながら一歩ずつ進んで行ってもらえたらと思いますし、東林館ではそのために保護者の方に懇談などでお話を聞かせていただきながら共に子どもの成長を応援し、見守っていかせていただけたらと思っています。

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