発達障害について

発達障害について

発達障害ってなんだろう?

空気が読めない、常に落ち着きがなくソワソワしている、忘れ物が多い、計画性がなく衝動的に物事を始める、整理・整頓や物の管理ができない、人が傷ついたり怒ったりするようなことを平気で言う、会話のキャッチボールが苦手、会話のとき目線が合わない‥‥などなど。こういった症状のいくつかを抱える人の中には、発達障害のある方がおられるかもしれません。
「障害」ではなくても、性格特性かもしれません。では、それらの特性を持つ人々に対して、周りはどう接していけばよいのか。その人たちはどんな想いを持ち、どんなことに生き辛さやしんどさを感じているのでしょうか。

どの人にも、ある程度の性格の特性はありますが、発達障害のある人々にはその度合いが通常よりも色濃く現れ、社会の中で生き辛さを感じておられます。脳の中で起きている障害であるため、なかなか周囲から気づかれにくかったり、理解が得られなかったりして、学校や地域社会、会社などで生き辛いのです。
また一人ひとりが違う特性を持っているため、それぞれに合ったサポートの方法が周囲に求められます。逆に言えば、周りからの理解や適切なサポートが得られれば、社会の中で生き抜く力を持っているのです。

発達障害の種類(抜粋)

ADHD

ADHDを日本語に直すと、注意欠陥・多動性障害となります。落ち着きがない、衝動性が強い、注意散漫が目立つなどの特徴があります。学校生活においては、忘れ物が多い、教師の話を注意して聞けない、教室では裸足、授業中も足をブランブランさせているなどの子どもたちです。
グラウンドに野良犬が入って来ようものならもう大変。授業そっちのけで犬の行動に注意が向いて、ジーッと見つめています。このように、自分が好きなことや、のめりこむことにはとんでもない集中力を発揮する子もいて、寝ることもご飯を食べることも忘れて、没頭し続けるのです。

女性は性別的に男性よりも衝動性がもともと少なく、衝動性のないADD(注意欠陥障害・不注意優勢型)と診断を受ける人もいます。以前ブームにもなった「片づけられない主婦」の中には、大人になってからADDと診断を受けた方もいます。衝動性がもともと男性よりも少ないため、思春期に学校生活の中で困難を抱えていても、その特性が周囲から気づかれないまま大人になり、大人になってから困難な場面にたくさん出くわし、初めて診断を受ける人も少なくありません。

世界最強のスイマーである、アメリカの競泳選手、マイケル・フェルプス選手は自身がADHDだと公表しています。ADHDのため、学校生活の中でいろいろと苦労をしたようですが、お母さんの支えで夢中になれる水泳と出会い、メキメキと頭角を現し、2012年のロンドン五輪後の引退までに、オリンピック通算22個のメダル(内18個が金メダル)という驚異的な成績を残しました。
このように、一旦のめり込むことが見つかると能力を最大限発揮する人もいるのです。

忘れ物が多いとか、人の話を集中して聞けない、欲しくなると人の物でも許可なく手に取ったり、すぐケンカになったりすることもあります。小さな頃から、家でも学校でも地域社会の中においても、行動がとにかく目立つので、「ダメだ、ダメだ!」と言われ続けている子もいます。周囲の大人はその行動に対してダメだと言っているつもりですが、言われた方からすると自尊感情が大きく傷つきます。高校生になると「どうせ僕なんて…」「私は何をやってもうまくいかないから…」と思うようになり、自分を蔑んでいる子もいます。


LD

LDとは学習障害という意味です。知的発達の遅れはないのですが、学習に必要な「話す」「聞く」「読む」「書く」「計算する」または推論する能力のうち、特定のものの習得と使用が著しく困難な障害です。誰もが当たり前にできていることができないので、周囲から孤立したり、勉強への意欲を失ったり、その結果、自己肯定感や自尊感情などを正常に育めない原因にもなる場合があります。

世界的に有名な人が、LDがあるとカミングアウトしました。大人気のハリウッドスター、トム・クルーズです。彼はLDの中のディスレクシアという障害があります。トム・クルーズの場合、全ての字が鏡に映したように裏返して見え、映画の台詞は誰かに台本を読んでもらって覚えるか、テープに録音して耳から聴いて覚えるそうです。そう思ってトム・クルーズの映画を注意深く観ると、彼のセリフは他の俳優と比べて非常に短いことに気づきます。本が読めないので短いセリフしか覚えられないそうです。
しかしながら、甘いマスクとスター性、アクターとしての才能や存在感、カリスマ性に加えて自身の努力でスターダムにのし上がりました。周囲の支えも大きかったでしょう。もし彼が日本人として生まれていたら…? 彼はトップクラスの俳優になれていたでしょうか?

日本の教育は横並びで、平均的な能力を持つ人間をつくり上げることを好む傾向にあります。
もちろんその教育の全てが悪いわけではないのですが、果たしてLDであったトム・クルーズのような存在を、今の日本の教育でつくり上げることができるのかと考えたとき、ちょっと首をかしげてしまいます。もしかしたら、日本の教育の中ではトム・クルーズの持っている良さは埋没し、打ち消されてしまうかもしれません。

欧米には多くの有名人が自ら発達障害であると公表し、同じ特性を抱える多くの人やその保護者に勇気と希望を与えています。ハリウッド俳優のオーランド・ブルーム、映画監督のスティーブン・スピルバーグなどで、彼らは自らをLDだと公表しています。
日本の有名人たちが公表しないのは、この日本という国が、まだまだ障害に対して閉鎖的で、偏見が蔓延している証なのかもしれません。


アスペルガー症候群

アスペルガー症候群には3つの特徴的な障害の症状があると言われています。

1.「コミュニケーションの障害」

言葉の微妙な違いを理解することが苦手で、状況にあった受け答えが不得手。言葉遣いがずれていたり、答えが見当外れだったりするというものです。「自分の思っていることをどう相手に伝えるのか」「相手の言いたいことをどう理解するのか」といった能力に弱さがあります。例えば、誰に対しても、どんな場面でも敬語で話をしたり、逆にタメ口で話したりします。身振りや手振りから相手の伝えようとしていることを自然に学ぶことは難しいのです。

アスペルガー症候群の中には、「コミュニケーションとは相手を論破することだ!」と思い込んでいる人がいます。その思い込みは、相手を論理的に納得させる弁護士などの仕事には向いているのかもしれませんが、常に相手を論破しようとしていたら、周りの人たちが離れてしまう危険性があります。しかし本人には、なぜ周りの人が自分から離れていくのかが分からず、しんどいことでしょう。

東林館高校が出会ってきたアスペルガー症候群の子どもたちの中にも、相手を論破するためのコミュニケーションをとっている子がたくさんいました。コミュニケーションは本来「相手のことを理解し、自分のことを理解してもらう」ためにするもののはずです。
ですから、本校では、出会ったアスペルガー症候群の子どもたちのコミュニケーションに対する価値観を変えられるようにと願って関わり続けています。逆を言えば、高校生になった彼らが、幼稚園、保育園、小学校、中学校での学校生活で健全なコミュニケーションを学んでこなかった、学ぶことができなかったという表れではないかとも感じています。

2.「社会性の障害」

社会性の障害とは、他人と距離感を掴むのが苦手で、友達にも見知らぬ人にも同じような態度で接するので、誤解したり、誤解されたりという人間関係のトラブルを誘発してしまうというものです。周りの状況や相手に合わせた振る舞いが苦手ですから、聞こえるように、「うわっ! すごいデブ!」と言ったり、カツラの人に「あの人、カツラがバレバレだ」と言ってみたり…。嘘のつけない正直者なのですが、そのために人間関係のトラブルが頻発してしまう危険性がいつもあります。

また人と会話をするときに視線が合いすぎたり、逆に合わなすぎたりと、目線を合わすのはこれくらいの時間とタイミングだろう~という「大体のところ」を掴むことがとても苦手です。そもそも「だいたいって、なにそれ? 物事は0か100だろ!そのほうが簡単だろ~」というような考えをしている人が多くいます。

3.「想像力の障害」

想像力の障害とは、物事を応用して考えることが苦手で、予定を変更したり、仮定の話をすると想像力を働かせることができずに混乱してしまうのです。
自分を客観視することも苦手です。一見すると、「何でそんなことを気にするの?」とか、なぜそこまで執着するのといった、理解しにくいこだわり行動やこだわり思想があります。
勝つことに執念を燃やすし、何が何でも、どんな勝負でも、ジャンケンなども、全てに勝たなければと気が済まない子がいます。

幼少期には皆さんも見立て遊び(ごっこ遊び)をしたでしょう。見立て遊びとはその名の通り、何かをそれに見立てて遊びます。
男の子は、○◯レンジャーや仮面ライダーなどのヒーローになりきって遊んだり、積み木を車や飛行機に見立てて遊んだり、女の子は、見立て遊びの典型である、ままごとで遊んだ経験があると思います。

見立て遊びをするためには、当然ながらある一定以上の想像力を働かせることが必要になります。しかしアスペルガー症候群のある子どもたちは、定型発達の子のように、想像力を働かせることが苦手です。ですから、この見立て遊びができない子どもたちがたくさんいます。そして想像力を働かせることの脆弱性から、危険予測についても苦手な人がいます。普通の人なら危険なことが待っていると察知できることが、なかなかできないのです。

アスペルガー症候群の人は想像力に対する障害があるため、行ったことのない場所や体験したことのないことに対して初めて行動するということも苦手です。本校で受験時に行っていたのは、保護者の方の協力も得て、受験する大学や専門学校などの受験会場の下見をすることでした。それをするかしないかで、当日の本人の不安感や緊張感はまるで違うものになります。

受験の前に、受験日と同じ時間に家を出て電車に乗り、ラッシュアワーを経験し、通学時間を計算し、試験を受ける教室も見せてもらう(受験する学校からの許可が出れば)という体験をさせていました。さまざまなことを五感で感じ取りながら、受験においての未知の領域を減らし、既知の体験として安心材料を増やし、不安要素を極力減らしてから当日を迎えることができるようにという配慮からです。


発達障害への取り組みで本校が大切にしていること

発達障害のある子どもとその保護者の方に関わる場合、本校は多くのことを大切にして関わっています。そのうちのいくつかをご紹介します。

1.「今できていること」と「さらなる改善点」、「目標」と「問題」を区別化し、明確にする。

「どうせ僕は全部ダメだから…」と子どもが言ったとします。そのとき皆さんはどうこの子に言葉を返すでしょうか? 私たちは必ず、「本当に全部できないの? 何をもってあなたは『ダメ』だと判断しているの? あなたができることって何がある?『どうせ僕は』なんていつから思ってる? 何かあったの?」などなど。もっと本人に聞いてみたいことはたくさんありますが、今、何ができていて、何が苦手で、何を習得したいのか。これからどんな自分を描いているのかを明確にする質問を投げかけます。

例えば保護者の方が、「この子、~はできるんですけど、これとこれは全然できなくて…」と言ったとします。その時、皆さんならどう返しますか?
私たちは「~はできるのですね」と、まずそこで一旦言葉を切ります。人のことを褒めるときには「でも・しかし」などの「逆説」の接続詞は絶対に使いません。逆説の接続詞を使いながら人のことを褒める人は、必ず普段のコミュニケーションの中でも逆説の接続詞を使いながら褒め言葉を言っている人です。

想像してください。夫が妻に「あなたは、料理はうまいけれど、家の掃除が全然できてていない」と言ったとき、妻は料理を褒められたことなんかちっとも嬉しくないですよね。それよりも「いつもおいしい料理を作ってくれてありがとう。あとさ、家がもう少しきれいだったら嬉しいな~」と伝えたたらどうでしょう? 言葉の受け取り方が違いませんか?

「~はできるんですけど…」と言う保護者の方には、「~はできるんですよね」と、必ず、言葉を切って伝えます。その後、「そして」と順接の接続詞を加えて、「そして、~をさらに改善してほしいのですね」と意図して言葉を返すように話しています。

「~したいんです、でもどうせ私はダメだから…」と子どもが言ってきたら、皆さんはどう返しますか?
まず言葉を一旦切って返します。このケースは本人の「目標」と「問題」が自身の中で混同されています。だから、「あなたは~したいんだよね」と一旦言葉を切って、目標と問題を区別してあげることが大切です。その上で、「~したい」という目標の部分を明確にしてあげる言葉かけをしています。
「それが達成したときにどんな自分になれるのか? どんな表情をしていたり、周りにどんな人がいたり、自分がどんな声を発していて、そのとき自分はどんな感情や感覚なのか? いつまでにそうなりたいのか?」など。本人の目標を明確にしてあげる声かけは無数に存在します。

目標を区別し、明確にしたうえで、「その目標を達成するために、今何が問題なのだろう?」と聞いてあげて問題や課題を区別化し、明確化してあげます。そして本人の日々のモチベーションが上がるような声かけを心がけています。

2.縦割り教育による下級生のサポート体制

その人がどんな役割を周りから与えられているかは、その人の成長にとって、大切なことだと考えています。本校の教育的な取り組みの一つに、縦割り教育があります。異年齢でのふれあいの中で、発達障害のある上級生に、同じ症状の下級生のサポートをしてもらっています。この取り組みで一番効果があるのは上級生で、下級生のサポートをしながら関わるうちに、自分の症状が客観的に把握できるようになることです。

「先生、あいつすごく生意気なことや失礼なことを言ってくる」と言っていた子が、下級生との関わりが増えるにつれて、「ね~先生、あいつ失礼なこと言ってくるんだけど、僕もそういうところある?あいつみたいなところがあるような気がする」と変化してくるのです。「サポートする人」という役割を持ち、それによって彼自身心の成長が促されます。役割が与えられ、それまでとは全く違う立場になることで心が成長し、進化していく人が多くいます。「役割・立場は人を進化させる」と私たちは信じています。

3.保護者の方へのねぎらい

保護者の方、特にお母さんへのねぎらいを心がけています。
私たちは保護者の方へのサポート、とりわけお母さんへのケア・サポートを非常に大切にしています。
それは、発達障害のある子どもを持つお母さんの中には、傷ついておられる方がたくさんいらっしゃるからです。自分が産んだ我が子がある日突然「発達障害」の宣告を受けます。そればかりか、医師や教師から冷たくされたり、侮辱されたような態度を取られたりした経験もあるからです。

また、「我が子を発達障害のある子として産んでしまったのは、私の責任だ」とか、「私の子育てが悪いからこの子はこうなってしまった」と激しくご自身を責めておられる方もおられます。

ですから、お母さん自身を承認できるような声かけをとても大切にしています。私たち関わる側は、絶対にお母さんの子育てを責めるべきでないのです。

そして、「その子のことをいちばんよく理解し、知っているのはお母さんだ」とお母さんに対してリスペクトすべきです。教育者は子どもたちや保護者を客観的かつ冷静に見ることや、専門の教育的アプローチが可能です。
ですが、その子の子育てに関して、お母さん以上にその子を深く愛し、理解し、知っている人は皆無なのです。目の前の悩めるお母さんを決して責めない、どうしたら一緒に手を繋いでサポートできるかに集中することが大切なのです。

目の前にいるお母さんは、今までの子育ての歴史の中で本当にご苦労されていますし、言葉では表現できないほど、辛い思いや、悔しい思いや、たくさんの悲しい思いをされてこられました。そんな目の前のお母さんは、私たちの言葉一つで元気にもなれば、もっと傷ついてしまう可能性もあるのです。だからこそ、関わる側に立つ人は、お母さんのケア・サポートを大切にしなければならないのです。

4.医療機関と連携し、協力体制をつくる

東林館高校には子どもたちや保護者の方のサポートでお世話になっている何名かの医師がいます。我々は教育のプロだという、責任と自覚とプライドで仕事をしていますが、発達障害のある子どもたちと本気で関わろうとするとき、当然ながら教育だけでは太刀打ちできないのです。
そんなときは必ず医療機関との連携・協力体制をきちんとしながら関わる必要があります。そうしないと救えない子どもたちがたくさんいます。医療側にとっても、子どもたちの成長のために、教育との連携は欠かせないと私たちは考えています。

つまり、医療機関と教育機関ががっちりタッグを組めば、強力に子どもたちをサポートできると信じています。医療での見立て、薬のこと・診察室でどのような話をしたのかは、私たち教育者には分からないので、その情報が共有できると、より多角的に深く子どもたちを救えます。子どもや保護者の方に対して、同じ枠組みを設定することも可能になります。


発達障害に対する周囲の理解や支援の大切さ

ここまでお読みいただくと、もしかしたら私も発達障害かもしれないなどと思われる方がおられるかもしれません。

そう、どの人にもある程度は性格特性としてこれらの症状はあるのです。
これらを音楽プレイヤーの音量のボリュームレバーに例えると分かりやすいかもしれません。その特性のボリュームレバーが大きいボリュームになっているのか、小さいボリュームになっているかの違いではないかと考えています。そして、特性のボリュームレバーが大きくなったり小さくなったりする要因がたくさんあるのだと思います。

・生まれてからその子と保護者の関係がどうだったのか?
・学生時代に友達や先輩、後輩、先生との関係はどうだったのか?
・本人が培った自己肯定感や自尊感情はどんなものか?
・今の環境でサポートしてくれる人がいるのか? いないのか?
など 外部のさまざまな要因で、このボリュームレバーは上がりもすれば、下がりもして、適応できることもあれば、適応が難しい場合もあるのです。周囲のサポートがとても大切です。

本校では、発達障害のある子どもたちに、学生時代(思春期)の間を安心・安全に、心が折れ、砕け散るほどの挫折感を味わうことなく、通過する、させてあげる、というのがとても大切だと感じています。それには周りの大人の方々の力がとても大切です。

私たちが現場で発達障害のある子どもたちやその保護者の方に関わっていて思うのは、もちろん発達障害のある子ども自身がしんどいのは当然ですが、それを支える保護者の方に頭が下がります。発達障害への理解はまだまだ進んでいないのが現状です。奇異な行動をする子どもたちもいて、その子どもたちに対して言われのない言葉を浴びせられた保護者の方をたくさん見てきました。

「しつけが悪い」「愛情を注いでいない」「わがままに育てている」「虐待じゃないか?」などの言葉は軽いほうです。聞くに耐えないような言葉を浴びせられたお母さんが泣きながら本校へご相談に来たこともありました。発達障害のある子どもの保護者の方は本当に苦労しています、悩んでいます。と同時に、何とか我が子を社会に適応させてやりたいと必死で頑張っておられます。

どうか子どもたちや保護者の方に温かい眼差しをお願いします。直接的なサポートでなくても、周囲からの温かい眼差しがどれだけ子どもたちや保護者の方にとって有り難いものであるかをご理解いただけるとうれしいです。

ブラジルのレストランに一人で入ったと想像してみてください。
あなたはポルトガル語が全く話せないのに、レストランの店員はポルトガル語以外を話せません。料理のメニューには写真がなく、文字ばかりが並んでいます。さて、この状況であなたは料理を十分に楽しめるでしょうか?

でも、ブラジルのことに詳しく、ポルトガル語が堪能な優しく気さくな日本人の方がお一人同行していたとしたら? このレストランで過ごすあなたの感覚はまるで違うものになったのではないでしょうか。
同行者がおすすめ料理を聞いて代わりに頼んでくれます。食事が終わって席を立とうとすると、「待って! このレストランはあと5分ほどで始まるショーが有名だよ。それを見てから帰ろうよ」と教えてくれるのです。このように、たった一人の理解者がいるだけで、過ごす環境がガラリと変わります。これは、教室でも家庭でも職場でも言えることです。

たった一人の理解者がいるだけで、発達障害のある人たちの過ごす世界はまるで違うものになるのです。このことを知っておいていただけたらうれしいです。

発達障害のある人たちが住みやすい世界は、誰にとっても住みやすい世界だと信じています。だからこそ、発達障害を理解することや発達障害のある人への配慮を学ぶことは、皆さんの周りにいるさまざまな人たちへの配慮にも役立ち、コミュニケーションを円滑にしていくことにも役立つと思います。発達障害のある子にとって優しい社会、環境は、どの子にとっても優しい環境になると信じています。

子ども達や保護者の方にとって、これからも引き続き側に寄り添える理解者であり続けられるよう、これからも教育活動に邁進してまいります。

ご覧いただきありがとうございました。

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